
この塔の正式名称は建築主に因み「日本電波塔」である。
当時、相次いで開局する各放送局の電波塔を一本化しようという構想で建設された総合電波塔である。放送事業の将来性に着目した前田久吉と鹿内信隆によって計画された。
塔はフランス・パリのエッフェル塔の324mより8.6m高く、当時の自立式鉄塔としては世界最高だった。
前田は「建設するからには世界一高い塔でなければ意味がない。
科学技術が進展した今なら必ずできる」と高さの意義を強く主張した。
この塔の建設に先立ち日本電波塔株式会社が設立され、建築設計の構造学を専門とする学者の内藤多仲と日建設計株式会社が共同で塔の設計を行う。約4.2kt(4200t相当)の鋼材と多くの現場鳶職人の作業によりわずか1年3か月で完成した。
完成後、特別展望台の真上にこの塔の建設に携わった人々の銘板が据えられた。